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2006.05.14

わたしにつながる歌。

ある歌手のコンサートに出かけてきました。
それは、コンサートと言って想像されるようなきらびやかなものではなく。
保育園の明るいホールに、ゴザと椅子を並べた客席に、簡単なセッティングのマイクとピアノがあるだけの、客席と同じ高さのステージ。
そこで歌うのは80歳になられる男性の歌手、そして介添えの奥さん。
アコーディオンとピアノをバックに歌うのは、彼が数十年にわたって歌い続けてきたロシア民謡や、人々の中で大事に歌われてきた歌たち。
彼は数年前からご病気で、要介護4というレベル、日常生活も困難なほど、記憶を留めておくことができなくなってしまっています。
でも、歌を歌う。
それも、明るく澄んだ伸びやかな声で、遊ぶように歌う。時に強い勢いをこめて歌う。
側に付く奥さんは楽譜を指差しながら、歌い出しをご一緒に歌う。
歌っている時の彼は、とてもすべてを忘れてしまうようになんて見えない。
そして、わたしたちとは違う次元で歌われている。
Ume

彼は太平洋戦争の一番最後の年に19歳で徴兵され、その8月に満州の戦地に行き、すぐに終戦になり捕虜になった。それから4年以上、シベリアに抑留されたという。
そこで強制労働をさせられていた男たちの中で慰みに唱歌を歌ったのが、後に歌い手として活動されるきっかけになったそうです。
それはわたしの母方の祖父にかなり似ていて、違うのは祖父は身体が丈夫では無かったので最後の年に徴兵されたこと、だからすでに新米の兵士としては年上だったこと、音楽ではなく演劇の脚本を書いていたことぐらい。(祖父のことは以前こちらに書いてます)
だから、彼が歌う歌や、彼の代わりに伴奏の方が語り継ぐ経歴を聞くにつけ、祖父のことが思い出されました。

最後の方で歌われたのは、子どもの頃から知っている歌でした。
たぶん、他の同世代の人は知らない歌、わたしの父が好きでよくレコードをかけていた曲でした。

   けれどもわたしは ここに生まれた
   けれどもわたしは ここに育った

意味もわからずに、例えばドラえもんの主題歌を歌えるようになるのと同じように、自然に歌える歌でした。
その歌詞を噛みしめることができるのは、やはり30代になった自分なわけで。
しかも伴奏をされているのは、そのレコードでもピアノを弾いている方でした。


戦争をくぐってきた祖父の歴史が母からわたしにつながり、教育の活動をしてきた父の歴史があり、そして今までの道を選んできたわたしが、今日この歌を聴いている。
少しぐらい涙が出てもかまわない。
人間ってすごいな、と感じる巡り合わせに出合えたのだから。

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