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2009.06.14

追悼:まだ悲しみではないけれど。

朝から新聞やニュースで三沢光晴選手死去の報を探す。日曜日だからかあまりやっていない。
やしちが仕事帰りに日刊スポーツを買ってきてくれた。隣の部屋でネットの動画で三沢全盛期の試合を見ているようだけれど、わたしはまだ見る気になれない。悲しくて、ではなくて、まだ、実感がわかないから。

プロレスを見始めたのは1990年、全日本プロレス中継からだった。
不登校児だったわたしと弟は、ほぼ昼夜逆転の日々を過ごしていて、夜はひたすら長かった。
そんな中で深夜にやっていたプロレスの中継、最初は冷やかし半分で見ていた。
クラッシュギャルズが流行った頃に女子プロレスは見ていたけれど、男子プロレスはスローテンポで汗っぽくて、それにださかった。それから数年後に見た全日本プロレスも、馬場さんがロープに振ったら相手は必ずキックを受けにきて派手に倒れるのがおかしかった。
変わったのは、天龍選手ら多数のレスラーが全日本プロレスを離脱した後。
2代目タイガーマスクが突然、タッグパートナーの川田利明の手を借りてマスクを脱ぎ捨て、素顔の三沢光晴となったのだ。その中継ももちろん見ていた。器械体操の経験を活かしたアクロバティックな動きは、とても斬新でいっきに引き込まれた。
川田・小橋・菊池らと超世代軍を結成し、ジャンボ鶴田(故人)、ハンセン、ゴディ(故人)&ウィリアムス組と激戦を重ね、ぼろぼろになりながら戦い続けた。
やがて頂点に昇りつめると、川田・田上・小橋らと四天王時代を築き、幾度も60分フルタイムを戦い抜くタイトルマッチを見せた。果てしない攻防は、いつか誰か死んじゃうんじゃないかと思うほど激しかった。
テレビ中継はもちろん見て、週刊誌も買って、中島体育センターにも足を運んだ。
やしちとつきあい始めた頃も、どちらかと言えば新日派だった彼を誘って行った。
三沢はあまりにも一番になりすぎていて、もう当然のようになっていたので、表立って「三沢選手のファンです」と言うことはほとんどなかったけれど、彼がいなければプロレスを見続けなかっただろうし、間違いなく一番信頼し尊敬するレスラーだった。
今朝の北海道新聞で夕張市生まれだったことを知った。そういうプロフィールはあまり覚えてなかった。※Wikipedia
昨秋、数年ぶりにプロレス生観戦に出かけたノア興業※過去日記が、三沢選手を生で観る最後となってしまった。今年も来ているのは知っていたけれど、妊娠が分かった直後だったので見合わせたのだった。

整理するために書いていることすべてが過去形で、そのことが胸をざわめかしたりするのだけれど。
青春時代のヒーローを喪うのは、人間誰もが経験することなのだろうけれど。
でも、まだ悲しみではない。もう、それはすぐそこまで来ているのだけれど。

………………

慎んで三沢光晴さんのご冥福をお祈りします。
そして、プロレスリング・ノアの皆さんをはじめ、たくさんのプロレスラーたちが、これからも心ゆくまでプロレスを続けられますように。

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コメント

今はまだ何も考えられません…。

試合相手の斎藤彰俊選手も、あまり不憫で…。
あの選手ほど、プロレスを愛している事を選手生活の歴史の中で表現している選手も珍しいので…。

言葉で表現できないですね、この気持ちは。

投稿: @闘吏 | 2009.06.14 22:30

>@闘吏さん
訃報を聞いた時、やはり「相手は誰だったんだろう?」と思いました。それが彰俊選手だったことを知り、何とも言えない気持ちになりました。
言葉で無理矢理に形づけることがいいこととも思えません。わたしは、なんだか形にして外に出してしまいたかったのです。

投稿: うらべっち | 2009.06.14 22:56

つい先日行なわれたKENTAプロデュース興行では、天狗のお面をつけたお下劣ファイトを展開。ファミリー軍団的な境地を開拓しつつも、最近成長著しい潮崎とタッグリーグ戦を制覇。最期の試合となったのは、リーグ戦の結果を受けてのタッグ王座戦でした。

恐らく三沢は…潮崎をPUSHし終えたら選手としては一線を引くつもりだったんじゃないかなぁ。まあ、今となってはそれも風の中ですが…。

投稿: 高倉仮面 | 2009.06.15 05:53

この人の文章を読んでください。プロレスファンの気持ち
を堂々と真正面から代弁している名文です。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090614

投稿: 高倉仮面 | 2009.06.15 06:21

>高倉仮面さん
寡黙な男と見せておいて、喋らせたらエロ社長でしたね。さぞそのお下劣ファイトは徹底したものだったことでしょう。
昨日の博多大会の様子を伝える記事を見て、涙が出てきました。彰俊選手、辛い中でよく前に決意して上がってくれました。また札幌に来たら、観に行きたいです。
紹介されていた日記、読みました。あの頃の週プロもすごかった。いま、色々と処分中なのですが、捨てられなくなってしまいます。

投稿: うらべっち | 2009.06.15 09:16

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